2009年7月 5日 (日)

いこいの森での七夕飾り

7月7日を前にしていこいの森では七夕飾りに丁度いい笹がありこれを、使っての一般参加のイベントを開催。Photo

3歳から70歳ぐらいまでの参加者は、思い思いの願いを五色の短冊に、そして飾り物を作ってくくりつけ完成させた。Tv

ケーブルTVなどの取材もあって賑やかであった。

アクセスや休園日など「佐野いこいの森」に付いては下記のURLへ

HP http://www.city.adachi.tokyo.jp/031/d15600002.html

2009年7月 2日 (木)

山開き(富士講)

7月1日は、富士山の山開きである。3

富士登山をする事で健康や幸せ、一家繁栄などを祈念をする事を、目的とするのが富士講であるという。足立区千住の大川町氷川神社の境内にある富士塚でも、丸藤千住十三夜同行の富士講の講員の人達が集まって山開きが行われた。早稲田にある丸藤講の枝講である千住十三夜同行とは、地名である千住と行者であった食行身禄の命日の13日からと、昼は商売などがあるため夜に行うということからの、講の名前であるという。Photo

2日の午後6時からは、区の登録文化財でもある箪笥祭壇を設置しての行事が行われた。

富士講の道具に関する足立区立郷土博物館の

HP:URL http://www.city.adachi.tokyo.jp/003/d10100030.html

2009年6月30日 (火)

夏越祓いの神事

6月30日は日本各地でも夏越祓いの神事で茅の輪くぐりが行われているが、千住大橋の南詰めにある、スサノウ神社での様子である。 Susanoujinnjya

その昔、素戔嗚尊が旅に出たときに宿に困ってた折に、蘇民将来がその難儀を救ったことにより、素戔嗚尊の教えにより茅の輪を下げる事により災難を逃れた事が、子孫末代までが出来たという故事によるもので、茅の輪くぐりの神事が伝わったという。Tunowa

茅の輪をくぐるにも作法があって、最初に茅の輪の前で一礼をし、左側から茅の輪をくぐり、正面に戻って一礼して、今度は右側へ茅の輪をくぐって正面で一礼、そしてもう一度左側を廻って一礼した後に、茅の輪をくぐって神前に向かっていって参拝するという。

京都では、三角形の外郎(ういろう)の上に甘い小豆を載せた、水無月という和菓子を食べるという風習があり、和菓子屋の店先には「水無月あります」との張り紙がでるという。

2009年6月23日 (火)

古代(大賀)蓮が開花しました

堀の内公園(足立区堀之内2丁目1番1号)には、古代へのロマンに繋がる淡いピンク色の古代(大賀)蓮が咲いている。004

昭和26年(1951年)に東京大学検見川厚生農場(現・東京大学検見川総合運動場)の落合遺跡で、地下約6mの泥炭層から2000年以上前の古代のハスの実が発掘された。そして、植物学者でハスの権威者である大賀一郎博士(当時・関東学院大学非常勤講師)が発芽育成を試みたところ、そのうちの1粒だけが育成に成功し、翌年の1952年(昭和27年)7月18日にピンク色の大輪を咲かせた。このニュースは国内外に報道され、同年11月17日付米国ライフ誌に「世界最古の花・生命の復活」として掲載され、博士の姓を採って「大賀ハス」と命名された。日本各地は元より世界各国へ根分けされ、友好親善と平和のシンボルとしてその一端を担っている。足立区でも、平成9年にこの大賀ハスの寄贈・分植をしたものが育ている。

2009年5月24日 (日)

阿弥陀院の百万遍を体験!

今日は押部阿弥陀院(鹿浜七丁目)で江戸時代から続く行事「百万遍(ひゃくまんべん)」の伝統行事を体験してきた。Photo

百万遍とは、個人が念仏を7日間(もしくは10日間)のうちに100万回唱えることで目的が成就されるとされているが、複数の人間が同時同音で念仏を唱えることによって互いの念仏の功徳を融通することが出来るとする考え方で(例えば、10人が10万回の念仏を同時に唱えることが出来れば、10×10万=100万となり100万回念仏を唱えたのと同じ効果があるとするものである。Photo_2

日本には平安時代に伝来された、浄土教の流行とともに盛んになり。元弘元年(1331年)、後醍醐天皇の命を受けた京都にある知恩院の善阿が7日間にわたって百万遍念仏を行って達成させ、疫病を鎮めたとされている。Photo_8  

押部阿弥陀院のある鹿浜(押部)の地域では、江戸時代から第二次世界大戦前まで 、毎年5月28日に鹿浜(押部)の人たちが各家々を順番に訪れ、家の前で直径4から5メートルに及ぶ大数珠を回しながら念仏を唱える行事が、1940年(昭和15年)ごろまで継承されていたが、戦争を契機に中断されてしまった。しかし昭和30年代に入って復活し、昭和58年12月には足立区民俗文化財に指定された。

現在は家々を回る方式ではなく、5月28日に近い日曜日に、押部阿弥陀院の境内に押部文化保存会を中心とした地域の人たちが集まってこれを行ない、伝統文化を継承している。

2009年5月22日 (金)

源証寺で太子講の護摩供養

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今日は建築関係の人達の太子講が、入谷の源証寺の太子堂で行われた。

Photo_3  一月と五月、そして九月の22日に太子講が行われている。太子とはもちろん聖徳太子のことだが、建築関係者は世界最古の木造建築物である法隆寺建立を手掛けた聖徳太子にあやかり、「太子講」と名付け、聖徳太子の立像を奉り、工事の安全・商売繁盛を祈願している。聖徳太子を優れた工芸技能者を育成したことから、職人は太子を守護神としてお祀りして太子講の日には、聖徳太子の掛け軸が護摩の火にかざされる。Photo_4 源証寺の太子堂は聖徳太子像(高さ90センチ・一般公開していない)をまつる堂である。この太子堂は区内では唯一のもので、火除け・安産・芸事・商売繁盛に御利益があるとされている。創建は、正徳年間(1711年から1716年)と伝えられ、江戸時代の建築様式を留めており足立区登録文化財である。

Photo_5 太子堂の軒下の組物・海老・虹梁・頭貫・獅子舞や内部の格天井・天井絵など、手の込んだ建築技法である。

Photo_6 又、江戸中期(1712年)鋳造の梵鐘や庭園もある

2009年5月20日 (水)

区庁舎の屋上庭園を紹介

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本庁舎の周りは樹木の植栽や芝生が整備されましたが、北館の屋上もエコガーデンとして屋上緑化が進められています。シンボルツリーのオリーブ中心にに芝生広場やウッドデッキにパーゴラが配置され南欧風な庭園に仕上がった、足立区役所の屋上庭園をご案内します。

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コニファー類などの常緑樹にツルバラやハーブ類も配されて気持ちのいい空間を演出しています。太陽発電システムの設置や雨水を利用した散水等、環境にやさしいエコガーデンが 完成します。Photo_3

2009年5月15日 (金)

綾瀬北野神社の祭礼

5月15日はお祭り日和です。綾瀬の駅の東口を出るとすぐに祭囃子が聞こえてきました。綾瀬北野神社では、5月の中日に疫病封じのお祭りがおこなわれている。

Photo_3

この日に 病人が平癒を願うとよくなると言い伝えられている。「春の小祭(こまつり)」と言われ「しょうさい」と地元の人達はいう。 戦前までは、金色の雌雄の獅子頭を担いで、村中を練り、疫病退散を願った。
Photo_2   体調不良の人は、この日に参拝して回復を願い、さらに撫牛の所で自分の病んでいる同じ場所をさすって快方に向かうを念じている。

最近は「学業成就・町内安全」の要素が加えられ、個人の為のお祭りというよりは、地域での祈願という感じだったお祭になってきたようです。 

Photo_4当日は葛西囃子北野神社保存会により、お囃子も披露され、村の鎮守の神様のお祭りという雰囲気でした。

2009年5月 9日 (土)

バラが咲いた♪

我が家の雨上がりの小さな庭にも、つるバラが今年も咲いてくれました。582

世話もしなくてごめんなさい。

けなげに咲いてくれて有難う。

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2009年5月 5日 (火)

浅草で福聚の舞

5月5日の端午(たんご)の節句の今日、浅草寺では宝蔵門落慶記念の「福聚の舞」奉演されていました。

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伝法院前のオレンジ通りから雷門、仲見世通りを通って境内へ、僧侶の開運招福の祈念を受けてお参りします。

002 「福聚の舞」とは、舞踊の「三社祭」に登場する檜前浜成(ひのくまのはまなり)・竹成(たけなり)の漁師の衣装をまとった宝童子(浅草寺幼稚園園児)が宝船を曳いて練り歩くものとの事です。

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